あなたのインコをより深く知るために。

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インコという名前の由来

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インコと暮らすようになって、「インコ」という響きというか文字列(?)への反応が大きく変わりました。

もう「インコ病」とでも呼ぶべき状態なんですが、「インコ」という文字が入っているだけで目に留まってきますし、可愛く思えてしまいます。

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もうポインコなんてたまらんです。ただ、ポインコは実際にかわいいんですが、レインコートやアルインコ(ALINCO)までも目に留まってしまいますし、なんとなく可愛く思えてしまうようになったらかなりの重症。(※我が家は夫婦で重症)

そんなインコですが、なぜインコなんでしょうか?

ああ、インコ、インコ、あなたはどうしてインコなの?

名前って何?インコと呼んでいる鳥を別の名前にしてみても美しい香りはそのまま。

チョコレートやスマートフォンなどカタカナで書かれている言葉は英語が多いので、もしかして「インコも英語?」って思ってみたりしますが、「いんこ」と入力して変換すると「鸚哥」と漢字に変換されるところを見ると、どうやら英語ではない模様。

だとすると、どこから来た言葉なのでしょうか?カバンみたいにオランダ語起源?それともパンみたいにポルトガル語?

色々調べてみたら、実はインコって中国に起源がある言葉でした。

なんだか意外。

インコという名前の起源は中国語にありました

鸚哥(インコ)

そもそもこんなにややこしい字が当ててある時点で、中国起源を疑うべきだったかも知れません。

この漢字、初めて見た時は読めませんでした。

実は中国語においてもインコとオウムはそれぞれ

  • インコ=鸚哥(yingge)
  • オウム=鸚鵡(yingwu)

と書かれるそうです。

これからすると、「鸚」はオウム目の鳥という意味がありそうです。そして、「哥」と「鵡」には大きさとか、喋る喋らないを表しているとか。

でも、残念なことに中国では、鸚哥と鸚鵡は明確で論理的な区別は無いみたいで、混同されて使われてしまっているようです。

それが証拠に中国語ではインコやオウムは次のように書かれています。

  • セキセインコ=虎皮鸚鵡
  • キバタン=葵花鳳頭鸚鵡
  • モモイロインコ=粉紅鳳頭鸚鵡
  • オカメインコ=玄鳳鸚鵡
  • ヨウム=非洲灰鸚鵡

どうらや、「鸚哥(yingge)」は「鸚鵡(yingwu)」と同義の漢字になってしまい、インコとオウムの区別は

  • インコ=鸚鵡
  • オウム=鳳頭鸚鵡

「鳳頭」または「鳳」が付くとオウム、付かないとインコとされているようです。

平等院の鳳凰

これが鳳凰ですが、これの頭のようにオウム(鸚鵡)には冠羽があり、インコ(鸚哥)にはそれがないことで区別がされます。

インコもオウムも同じ「鸚鵡」という漢字を使ってしまう中国はややこしそうですが、実はややこしくないんです。

そもそも、

  • オカメインコ
  • モモイロインコ

は「インコ」と名前が付けられてはいますが、本当のところはオウムの仲間です。

これが中国語表記では、

  • オカメインコ=玄鸚鵡
  • モモイロインコ=粉紅鳳頭鸚鵡

となっているので、逆に分かりやすいですね。

オカメインコ

オカメインコ

モモイロインコ

モモイロインコ

僕も少し前までオカメインコはインコで、ヨウム(名前知りませんでした)は見た目(大きさ)からオウムに違いないと思ってました。(※ヨウムは冠羽がないのでインコの仲間です)

生物学上の分類では、以下のようになっていますが、英語でオウム目が「Parrots」、そしてインコ科が「True Parrots」と呼ばれていることから、オウム目ではなくインコ目と呼ぶ場合もあるようです。

オウム目(Parrots) オウム科(Cockatoos)
インコ科(True Parrots)

それだけインコとオウムの関係は難しいもののようです。(見分けるのは簡単ですけど)

インコ(鸚哥)という言葉がいつ日本に入って来たのでしょうか?

色々調べてみましたが、はっきりしたことが分かりません。

宝暦8年(1758年)に出版された「奇観名話」にもインコ(鸚哥)が載っています。

奇観名話 五色鸚哥

出典:国立国会図書館デジタルコレクション – 奇観名話(info:ndljp/pid/1286750)

五色鸚哥(ゴシキインコ)と緋鸚哥(ヒインコ)が載っています。

これの前にはオウム(鸚鵡)も載っています。(右は九官鳥)

奇観名話 鸚鵡

出典:国立国会図書館デジタルコレクション – 奇観名話(info:ndljp/pid/1286750)

このように江戸時代にも盛んに輸入され、一般の人の目にするところになってきていたようです。見世物ではさぞかし人気があったことでしょう。

ただ、これよりも古い文献にインコ(鸚哥)という表記が見付けられず、オウム(鸚鵡)ばかりになってしまいます。

オウム(鸚鵡)が出て来る有名な文献としては、やはり枕草子でしょうか。

鳥は  他處の物なれど、鸚鵡いとあはれなり。人のいふらんことをまねぶらんよ。

出典:枕草子 四八段(清少納言)

清少納言もオウム(鸚鵡)のことを知っていたようです。異国から来たものであること、そして人の話すのをまねることも知っていたようですが、この書きぶりからだと実物は見たことが無かったみたいですね。

日本には入っていたようですが、清少納言でさえも目にすることができない位に貴重なものであったようです。

一番古い文献を探すと、日本書紀に辿り着きました。まさか日本書紀にオウム(鸚鵡)に関する記載があるとは。

書かれているのは、孝徳天皇の大化三年(647年)の部分。

三年春正月戊子朔壬寅、射於朝庭。是日、高麗・新羅、並遣使貢獻調賦。

(中略)

是歲、制七色一十三階之冠。一曰織冠、有大小二階、以織爲之、以繡裁冠之緣、服色並用深紫。二曰繡冠、有大小二階、以繡爲之、其冠之緣・服色並同織冠。三曰紫冠、有大小二階、以紫爲之、以織裁冠之緣、服色用淺紫。四曰錦冠、有大小二階、其大錦冠、以大伯仙錦爲之、以織裁冠之緣。其小錦冠、以小伯仙錦爲之、以大伯仙錦、裁冠之緣。服色並用眞緋。五曰靑冠、以靑絹爲之、有大小二階、其大靑冠、以大伯仙錦、裁冠之緣。其小靑冠、以小伯仙錦、裁冠之緣。服色並用紺。六曰黑冠、有大小二階、其大黑冠、以車形錦、裁冠之緣。其小黑冠、以薐形錦、裁冠之緣。服色並用緑。七曰建武初位、又名立身以黑絹爲之、以紺裁冠之緣。別有鐙冠、以黑絹爲之、其冠之背張漆羅、以緣與鈿異高下、形似於蟬。小錦冠以上之鈿、雜金銀爲之。大小靑冠之鈿、以銀爲之。大小黑冠之鈿、以銅爲之。建武之冠、無鈿也。此冠者、大會・饗客・四月七月齋時所着焉。

新羅、遣上臣大阿飡金春秋等、送博士小德高向黑麻呂・小山中中臣連押熊、來獻孔雀一隻・鸚鵡一隻仍以春秋爲質。春秋美姿顏善談笑。造渟足柵、置柵戸。老人等相謂之曰、數年鼠向東行、此造柵之兆乎。

出典:日本書紀 巻第二十五 孝徳天皇紀

大化3年と言えば、「大化の改新」の翌年、そして「七色十三階の官位制定」の年。日本書紀の「七色十三階の官位制定」について書かれた部分のすぐ下にオウム(鸚鵡)に関する記載があります。

これによると、孔雀1羽とオウム(鸚鵡)1羽が新羅からの使者によって献上されていることが分かります。

647年と言えば、今から1370年も前。

そんな昔にオウム(鸚鵡)が日本に来ていたとは驚きました。(エサは何を与えていたのでしょうか?ちゃんと長生きしたのでしょうか?)

エサの件はさておき、オウム(鸚鵡)を献上した新羅にはオウムは生息していません。

恐らくは唐を経由して入ったものであったでしょうから、「鸚鵡」という中国名で日本に伝わったものと思われます。今の「オウム」という発音も、唐での発音が新羅を経由して日本に入った結果でしょう。

新羅から献上された鳥は「鸚鵡」に間違いありませんが、それが現在のオウム(鸚鵡)なのか、それともインコ(鸚哥)なのかを知る術はありません。

日本書紀には「人をまねる」とか「白い」とかの説明がないのでインコなのかどうかは想像できませんが、参考になるのが正倉院の宝物に描かれた鳥。

正倉院の宝物の中には鳥が描かれているものがありますが、その中にオウム目(インコ目)の鳥が描かれているものがあります。

その一つに螺鈿紫檀阮咸(らでんしたんのげんかん)があります。これは、天平勝宝八年(756年)に光明皇后が聖武天皇の七七忌に東大寺に奉献した品の一つです。

その螺鈿紫檀阮咸には螺鈿で鳥が描かれています。

螺鈿紫檀阮咸

出典:宮内庁ホームページ 正倉院宝物詳細(http://shosoin.kunaicho.go.jp/ja-JP/Treasure?id=0000010077)

この鳥は!!

ぱっと見ではワカケホンセイインコにも見えますが、翼の赤い部分が違います。

これはおそらくオオホンセイインコ(Alexandrine parakeet)です。分布は、中国大陸、インドシナ半島、ネパール、ブータン、バングラデシュ、インド、パキスタン、アフガニスタンですから、中国(当時は唐)では比較的入手がし易いインコだったと思われます。

下はBrooklyn Museum所蔵の絵。正倉院の螺鈿紫檀阮咸に施された螺鈿の方が正確。。。特に顔と首周りの描写がいい加減。

Alexandrine parakeet

螺鈿紫檀阮咸は7~8世紀に中国(唐)から輸入された可能性が高いことから、その当時「オウム(鸚鵡)」と呼ばれていた鳥の中には、今で言うインコも含まれていた可能性が充分にあります。というか、含まれていたはずです。

それを考えると、日本書紀に書かれた新羅から献上された鸚鵡一隻がインコだった可能性も充分にあります。

実際は何だったんでしょうね。興味あります!

アジアには「THEオウム(見た目)」のコバタンがインドネシアにいますが、仮に唐が手に入れたとしてもそんな貴重な鳥を新羅に渡すはずもなく、万が一新羅が手に入れたとしても、それを日本に献上する可能性も低いと思います。

ワカケホンセイインコにしても、生息域はアジアではインド・スリランカになりますので、入手はかなり困難そうです。江戸時代に日本に入ってきていた五色鸚哥や緋鸚哥はローリーやロリキートだと思いますので、これも入手が困難なはずです。それとローリー・ロリキートを当時の知識・エサ事情では長距離移動させることは困難だと思います。

そうなると

  • そこそこ入手が困難
  • 中国北部・新羅・倭国では見たこともない
  • 色が綺麗
  • 賢く、人のマネもできる
  • 寒さに強く、昔の人でもなんとか飼育できそう

オオホンセイインコが新羅に渡り、それが日本(倭国)に献上された可能性は大きいのではないかと思います。

でも、仮にそれがオオホンセイインコだったとしたところで、当時はそれを鸚鵡(オウム)とひとまとめにしてしまっていた可能性が高く、インコ(鸚哥)が日本に入っていたからと言って、インコという呼び名までもが入っていた訳ではありません。

今の日本でもインコとオウムの区別は曖昧ですが、きっと大化3年(647年)の当時はインコもオウムも「鸚鵡」と呼ばれていたのだと想像します。それが、いつから鸚鵡(オウム)と鸚哥(インコ)が分化したのかは謎のままです。

なぜ「鸚鵡」とひとくくりにしていたのを新たに「鸚哥」と命名したのでしょうか?

昔の中国の人がオウム目(インコ目)の鳥を目にした時に、ある思いがあって、鸚鵡という文字を当てたはず。

それを紐解くと何か分かるかも知れません。

鸚鵡

大きくすると結構いかつい漢字ですが、よく見ると知っているパーツの寄せ集めになっていて、結構覚えやすく、書きやすいかも。

まずは  の字から。

この漢字の旁(つくり)は「鳥」。鳥を表す漢字です。そして、偏(へん)は「嬰」。これは「廻らす」という意味がある漢字ですが、元々は「貝 貝 女」から成る漢字であることからも「首飾りを廻らすこと」という意味があったことが分かります。この2つを組み合わせることで、首飾りをまとったように首の周りに模様がある鳥を表す漢字でしょう。

オオホンセイインコ

イメージぴったり!

そして、次に  の字。

同じく旁(つくり)は鳥。そして、こちらは偏(へん)が「武」になっています。日本では「武」に「暴力」「軍事」「勇猛な」といった荒々しい意味がありますが、それは中国でも同じです。「武」と「鳥」を合わせることで、荒々しい鳥という意味をもたせようとしたのでしょうか?

オオホンセイインコ

イメージに合いません。かわいいです。

もう少し「武」の意味を調べていると、ありました!!

日本語にはその意味はありませんが、中国語においては「武」に

  • 半歩
  • ひと歩み

という意味があるそうです。これは、昔は6尺を1歩、3尺を1武としたことに由来するそうです。

これはまず間違いないでしょう!「武」と「鳥」を合わせて、「鵡」はテクテク歩く鳥という意味を持った漢字でしょう。

歩く鳥と言えばカラスもいる訳ですが、カラスは歩くだけではなく、スズメなどのようにホッピング(ぴょんぴょん)することもありますが、インコやオウムの仲間はホッピングよりも圧倒的にウォーキングが多いです。

また、単に歩くだけではなく、その姿が愛らしいことに驚いた昔の中国の人が「鵡」という文字を当てたのだと思います。

下の有名な動画はワカケホンセイインコですが、こんな姿を見たら

「該鳥是鵡!」

「鵡ーーーーー!!」

ってなっちゃうでしょう。

オウムに関してはこんな具合に「鸚鵡」になったんだと思いますが、問題は「鸚哥」です。

オウムもインコもまとめて「鸚鵡」と呼んでいたのに、どうしてある時期から「鸚哥」と

 ⇒ 

と漢字を変更したのでしょうか?

その秘密は「哥」を調べたら明らかになると思ったんですが、「哥」は大した意味がない漢字なので、どうして漢字を変更したのかが分かりません。「哥」は現在の中国では

  • お兄ちゃん
  • 同世代で自分より年上の親類の男性の呼称
  • 同年配の男性に対する親愛・尊敬の意を含んだ呼びかけ
  • 音訳語(例 哥本哈根⇒コペンハーゲン)

といった意味しか持っていませんが、「歌」という漢字の偏になっているように、もともとは「歌」と同じ意味があったと思われます。

唐の時代、鸚鵡と言えばオオホンセイインコやワカケホンセイインコだったところ、時代が進むにつれて様々なオウム目(インコ目)の鳥が中国に持ち込まれるようになったはずです。

その中にはコバタンなど、首に模様がないものの、人のマネが出来たり、ユーモラスに歩くなど、オウムらしい特徴を持った鳥もいたと思いますが、同時にそれまでの「鸚鵡観」を打ち壊す種類の「鸚鵡」が出てきたはずです。

東南アジアに生息するローリーやロリキートが中国に入った場合、

  • それまでの鸚鵡(オオホンセイインコなど)と同じように首の周りに模様がある
  • 人のマネはできず、代わりに綺麗な声で鳴く

といった特徴があることから、

  • 鸚:首飾りを廻らしたような模様の鳥
  • 哥:歌う

という2つの漢字を組み合わせた新しい呼び名を作ったのかも知れません。

ですが、

  • 人のマネをしないからと「鸚哥」と呼んだものの、個体によっては喋ったり。。。
  • 「鸚鵡」と呼んでいるのに首の周りに首飾りのような模様が無かったり。。。

明確な分類がないままに「鸚鵡」と「鸚哥」という呼び分けをしていたものの、あまりその使い分けに意味がなかったため、長い歴史の中で「鸚哥」という呼び名が使われなくなってしまい、オウム目(インコ目)の鳥に対しては全て「鸚鵡」の漢字を当てて、いわゆるオウムに関してのみ「鳳頭」または「鳳」を前に付けることで違いを付ける現在のスタイルに行き着いたのではないかと想像しています。

今の中国で「鸚哥」と「鸚鵡」が混同されて使用されているという説明も見かけますが、実際には「鸚哥」をインコやオウムに対して使用されていることは多くないようです。

その代わりに「鸚哥」という漢字は魚を表すことに使われています。

鸚哥

こんな字面だと、ちょっと魚頭鳥を想像してしまい気持ちが悪い感じがしますが、実はそれほど珍しい魚ではありません。

鸚哥魚とはブダイの仲間を指す言葉です。

ブダイ 鸚哥魚

英語でも「Parrot Fish」と呼ばれています。

英語が先か、中国語が先かは不明ですが、「鸚哥魚」も「Parrot Fish」も言い得て妙ですね。(ただ、首飾りのような模様もないですし、歌も歌いません。既にインコの色が鮮やかというところとくちばしがあるというところしか共通していないので、鳥魚の方がいいような気もします。そう考えると、ブダイを鸚哥魚としたのは、中国発ではなく、英語の直訳なのかも知れないと思えてきます。)

ちなみに

隆頭鸚哥

は、頭が盛り上がっていて、そして色が鮮やかで、くちばし状の鋭い歯を持っている魚ということで、カンムリブダイです。

何故「鸚鵡」で一括りにしていたのを「鸚哥」と分けたのかはなんとなく想像がつくようになりましたが、それがいつ頃なのか、そしてその言葉が日本に入ってきたのがいつ頃なのかは全く分かりませんでした。

きっと中国の文献を調べればある程度の年代を知ることができるかも知れませんが、中国語は全く分からず、道は閉ざされました。

インコという言葉がいつ日本に入って来たのかは分かりませんでしたが、その起源が中国にあることとインコが初めて日本に入って来たのが文献に残っているだけでも文化三年(647年)と今から1370年も前であることが分かって、ますますインコのことが愛おしく思えてきました。

漸く書き終わったので、さっそくうちの子たちをモフってきます!

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