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ヨウムの名前の由来

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「ヨウム」という名前を初めて聞いた時、「オウム」と似た響きがあるのできっとオウムの一種なんだろうと思っていました。

でも、実際に見た姿はオウムという感じではないですし、インコ特有の派手さがない不思議な鳥という印象でした。

ヨウム

一見精悍にも見える顔つきはハゲワシやコンドルにも通じるものがあります。(ヨウムを良く知ってくると、顔つきが精悍な訳ではなく思慮深さの表れだということが分かってきますが、よく知らずに見ると険しいように見えました。)

ハゲワシ

でも、尾に入った差し色の鮮やかな赤を見ると、やっぱりインコなんだなと実感します。マツコ・デラックスが「芸者」さんに例えてましたが、さすがのたとえです。2歳児の感情と5歳児の知性を持つと言われるヨウムらしい姿だと思うのは僕だけでしょうか。

ヨウム

そんなヨウムですが、インコの仲間なのにどうして「オウム」と彷彿とさせる「ヨウム」という名前が付けられたのでしょうか?

ちなみに英語では一般的に

African Grey Parrot

と呼ばれています。「Parrot」の意味を調べると英和辞書レベルでは「オウム」と訳が書かれていますが、「Parrot」はインコ科(True Parrots)とオウム科(Cockatoos)が属するオウム目(Parrots)の鳥を表します。

オウム目の鳥は全てオウムだと思ったら大間違いで、オウム目は別名「インコ目」とも呼ばれ、オウムもインコも含まれていますので、Parrotという英語名だけではオウムかインコかの判別が付きません。

もうオウム目という名称を廃止して、

  • オウム目⇒インコ目
  • インコ⇒インコ(Parrots)
  • オウム⇒冠インコ(Crown Feathers Parrots)

としたら分かりやすいのに、と個人的に思っています。

そんな話はさておき、なぜヨウムがアフリカングレイパロット(アフリカングレイインコ)ではなく、「ヨウム」と呼ばれるかについては、色々調べましたが、資料が見付かりません。

インコたちの名前は、たいてい

  • ワカケホンセイインコは輪掛本青鸚哥
  • セキセイインコは背黄青鸚哥
  • ホオミドリウロコインコは頬緑鱗鸚哥

上のように何故そのような名前になったのかが想像出来ますし、その想像もは違っていないはずです。

ただ、良く見ると、命名されて付けられた名前は「インコ(鸚哥)」以外の部分で「インコ(鸚哥)」の部分は普遍です。

  • ヒインコ:緋鸚哥
  • ゴシキセイガイインコ:五色青海鸚哥
  • オカメインコ:阿亀鸚哥
  • オオムラサキインコ(オオハナインコのメス):大紫鸚哥 ※以前は別の種類と思われてました。
  • トガリオインコ:漢字表記はありませんが、恐らくは「尖尾鸚哥」

こんなふうにどんな「インコ」なのかに関する説明を頭に付ける形で命名されています。

それがヨウムの場合は、「◯◯インコ(鸚哥)」ではなく、「ヨウム(洋鵡)」と変則的な命名になっています。

「洋鵡」という漢字が当てられているから中国語起源?

前回の記事「インコという名前の由来」で書きましたが、インコという名前は中国語に由来しています。

元々はシルクロード経由などで中国にもたらされた

オオホンセイインコ(Psittacula eupatria)

オオホンセイインコ

ワカケホンセイインコ(Psittacula krameri manillensis)

ワカケホンセイインコ

などのリングネック系のインコ達が

  • リングネックの名前の通り、首飾りのような模様がある鳥(鸚)
  • テクテク歩く鳥(鵡)

という意味の漢字を組み合わせて

鸚鵡

と呼ばれたものと考えられます。

この漢字がオオホンセイインコやワカケホンセイインコなどのインコとともに日本に渡り、オウム(鸚鵡)の語源となりました。

オオホンセイインコは英語名「Alexandrine parakeet」または「Alexandrian parrot」となっていますが、これはアレクサンドロス3世がパンジャブからオオホンセイインコの標本をヨーロッパや地中海の国々や地域へ輸出し、王族、貴族、軍人によって貴重な財産であるとして珍重されたことに由来するそうです。

紀元前より珍重されていたオオホンセイインコですから、生体を移動することが可能になれば、ヨーロッパや地中海地域は勿論、シルクロードを経由してかなり早い時期に中国へ入って来たことは推測されます。

日本の歴史に初めてオウム(鸚鵡)の名前が登場するのは日本書紀にになります。

書かれているのは、孝徳天皇の大化三年(647年)の部分。

三年春正月戊子朔壬寅、射於朝庭。是日、高麗・新羅、並遣使貢獻調賦。

(中略)

是歲、制七色一十三階之冠。一曰織冠、有大小二階、以織爲之、以繡裁冠之緣、服色並用深紫。二曰繡冠、有大小二階、以繡爲之、其冠之緣・服色並同織冠。三曰紫冠、有大小二階、以紫爲之、以織裁冠之緣、服色用淺紫。四曰錦冠、有大小二階、其大錦冠、以大伯仙錦爲之、以織裁冠之緣。其小錦冠、以小伯仙錦爲之、以大伯仙錦、裁冠之緣。服色並用眞緋。五曰靑冠、以靑絹爲之、有大小二階、其大靑冠、以大伯仙錦、裁冠之緣。其小靑冠、以小伯仙錦、裁冠之緣。服色並用紺。六曰黑冠、有大小二階、其大黑冠、以車形錦、裁冠之緣。其小黑冠、以薐形錦、裁冠之緣。服色並用緑。七曰建武初位、又名立身以黑絹爲之、以紺裁冠之緣。別有鐙冠、以黑絹爲之、其冠之背張漆羅、以緣與鈿異高下、形似於蟬。小錦冠以上之鈿、雜金銀爲之。大小靑冠之鈿、以銀爲之。大小黑冠之鈿、以銅爲之。建武之冠、無鈿也。此冠者、大會・饗客・四月七月齋時所着焉。

新羅、遣上臣大阿飡金春秋等、送博士小德高向黑麻呂・小山中中臣連押熊、來獻孔雀一隻・鸚鵡一隻仍以春秋爲質。春秋美姿顏善談笑。造渟足柵、置柵戸。老人等相謂之曰、數年鼠向東行、此造柵之兆乎。

出典:日本書紀 巻第二十五 孝徳天皇紀

大化3年と言えば、「大化の改新」の翌年、そして「七色十三階の官位制定」の年。日本書紀の「七色十三階の官位制定」について書かれた部分のすぐ下にオウム(鸚鵡)に関する記載があります。

これによると、孔雀1羽とオウム(鸚鵡)1羽が新羅からの使者によって献上されたと書かれています。647年と言えば、今から1370年も前。もうこの頃からオウムは今と同じ「鸚鵡」と書かれていたことに驚かされます。

ただ、日本書紀には「鸚鵡」と書かれていますが、実際にはこれはオウムではなく、インコであったはずです。

なぜなら、オウムには

鸚:首飾りのような模様がある鳥

は存在しないからです。

今では「鸚鵡」という漢字がオウム(オウム目オウム科の鳥)を指す漢字であるとされていますが、日本書紀に記載された当時においては、

鸚鵡=オオホンセイインコ(またはワカケホンセイインコ)

であったところが、時代とともに様々なオウム目の鳥が中国に入ってくるうちに、「鸚哥」という名称が作られ、オウム目の一部の鳥に当てはめられました。それが鳥と一緒に日本に入り、「インコ(鸚哥)」として定着し、現在に至ります。

ですが、おおもとの中国においては、現在「鸚哥」という漢字はブダイを表す「鸚哥魚(Parrot Fish)」に残っている位で、オウム目の鳥は全て「鸚鵡」で統一されています。

例えば、

  • オオホンセイインコは亞歷山大鸚鵡(亞歷山大=アレキサンダー)
  • ワカケホンセイインコは紅領綠鸚鵡
  • キバタンは葵花鳳頭鸚鵡

以上のように綺麗なルールに基いて呼ばれています。インコが「鸚鵡」で、オウムが「鳳頭鸚鵡」。分かりやすい!

その中国でヨウムがどのように書かれているかと言うと、

ヨウム:非洲灰鸚

「非洲(アフリカ原産)+灰(灰色)+鸚鵡(インコ)」という訳です。こちらも非常に分かりやすいですね。

ヨウムをこのように表記する中国では「洋鵡」という表記は使用されませんし、過去にもされてきていないようです。

オウムという名前の由来が中国語の「鸚鵡」が起源であったように、ヨウムにも洋鵡という漢字名があるので中国語が起源だろうと思いましたが、どうやらそれは違うようです。

ヨウムは「鸚鵡」にインスパイアされた和名だと考えるのが自然です

ヨウムはアフリカ西海岸の森林地帯が原産のインコです。地理的に古代エジプトや古代ギリシャの権力者が手に入れていてもおかしくないエリアで、エジプト象形文字にも使われているとか、古代ギリシア人も飼っていたと言われています。

そうなると、オオホンセイインコの標本を褒美としてヨーロッパや地中海の各地に輸出したアレクサンドロス3世がなぜヨウムの標本を輸出しなかったのでしょうか?

これは恐らくアレクサンドロス3世が支配した地域でオオホンセイインコやワカケホンセイインコは直接的に入手が可能であったのに対して、ヨウムはアフリカからエジプトに入ったものを間接的に入手するしかなかったために、アレクサンドロス3世自身にとっても貴重な存在であったと考えられます。

古代ギリシャやローマにおいてもコンパニオン・アニマルとして飼育されていたとされていますが、中でもアリストテレス (Aristotle)が飼っていたヨウムの名前「Psittace」はオウム類を表す言葉「Psittacine」の語源になったとされています。

アリストテレス以外にヨウムを飼っていた歴史上の人物としては、

  • ヘンリー8世 King Henry VIII( 1509~1547年)
  • マリー・アントワネット Marie Antoinette(1755~1793年)

がいます。

アリストテレス以降も権力者によってヨウムが飼われたことはあったと思いますが、他の動物と比べても環境の変化に敏感な鳥類を生きたまま異国の地につれていくことは簡単なことではなかったはずです。ヘンリー8世やマリー・アントワネットがヨウムを得たのは大航海時代であって、この時代になって漸くある程度安定して生体を異国の地に移動させる技術が発達し、多くのインコやオウムがヨーロッパに持ち帰られ、王族・貴族や有力者の間で珍しいインコやオウムを飼うことがステイタスになりました。

恐らく日本にヨウムが初めて入ったのも大航海時代以降のことだと考えて間違いはないと思います。

文献上でヨウムが初めて登場するのは、天保三年(1832年)7月20日に唐蘭船(オランダ船)がヤマアラシ、カンムリバトなどと一緒にヨウムを日本に持ち込んだという記事です。この頃、ヨウムは「洋鵡」ではなく、

類異音呼

と呼ばれていました。種類が異なるインコといった感じでしょうか。

このヨウムは長崎の出島に入ったものですが、その時の姿は模写されて、現在も残っています。

類異音呼 天保三年

出典:外国珍禽異鳥図(info:ndljp/pid/1286746)国立国会図書館デジタルコレクション

この「外国珍禽異鳥図」に収められたヨウムの絵は、幕末・明治の画家「田崎草」が長崎に住んでいた時に、長崎の御用伺役高木家の御用伺絵控図集「唐蘭船持渡鳥獣之図」(慶応義塾図書館蔵)を直接に転写したものと考えられています。

この高木家とは、長崎に住み、中国やオランダなどから長崎出島に渡来した動物を御用絵師に描かせて、それを御用伺いとして江戸に送り、幕府は御用伺いを確認した上で、動物を長崎から江戸に取り寄せていました。高木家は、御用絵師に描かせた絵を江戸に送るだけではなく、一部控えとして保管し、後に「唐蘭船持渡鳥獣之図」としてまとめました。

このヨウムの絵は非常に正確で、そしてまるで生きているかのようです。転写したものとは思えないほどです。

高木家が江戸に御用伺いを送った時点では、まだヨウムの呼び名は定まっていなかったため、

類異音呼

とあいまいな呼び名が記載されています。

この次にヨウムが文献に表れるのは、弘化三年(1846年)4月。大坂難波新地観場で、

  • 虎の子(ツシマヤマネコ?)
  • 灰白鸚鵡
  • 猩々音呼ノ頭黒キモノ(オトメズグロインコ?)
  • 相思鳥(ソウシチョウ)
  • 砂糖鳥(サトウチョウ)

が見世物にされたという記録が残っていますが、この「灰色鸚鵡」がヨウムではないかと考えられています。

灰白鸚鵡

という漢字からするとヨウムで間違いないと思いますが、

1832年 類異音呼
1846年 灰白鸚鵡

1832年にはインコ扱いされていたものが、1846年にはオウム扱いに戻っています。インコとオウムという用語の混同は今に始まったことではなさそうです。

ただ、「外国珍禽異鳥図」を見ると、オウムに関してはしっかりと「鸚鵡」とだけ書かれていますので、鸚鵡が初めて日本に渡来した時点では

  • オオホンセイインコ
  • ワカケホンセイインコ

を指す名前であったものが、江戸後期には現在の日本人の感覚に近い「大きくて、白くて、冠羽があるオウム目の鳥」をオウムと呼んでいたのではないかと考えられます。

鸚鵡 オウム

出典:外国珍禽異鳥図(info:ndljp/pid/1286746)国立国会図書館デジタルコレクション

それがいつの時点で

洋鵡(ヨウム)

と命名されたのかが分かる文献は見付かっていません。

恐らくは明治時代以降で、この鳥に学術名を命名する際、

  • オウム以上によく人間の言葉を喋る
  • クルマサカオウムなどオウムに見られる冠羽が無い
  • ホッピングをせず、地面や止まり木の上を歩く動作が見られる
  • 音呼(インコ)と分類される鳥全般と比べると大型の部類

であることから、

  • ◯◯オウム
  • ◯◯インコ

ではなく、別の名前を付けたのかも知れません。

  • :天保三年(1832年)にオランダ船で渡来
  • :ホッピングせずに、テクテクと歩く姿

こんな風にしてヨウム(洋鵡)という名前は決まったのではないかと個人的に考えています。

これからすると、オーストラリア原産のキバタンが

豪鵡(ゴウム)

と名付けられても良さそうですが、そうはなっていません。キバタンについては、立派で美しい黄色の冠羽がありますし、何よりフォルムが日本人の考える「オウム(鸚鵡)」像にバッチリ当てはまるため、豪鵡とは名付けられなかったんじゃないかなと思いますが、それよりも考えてみれば名前には「オウム」が付かずに、「バタン(芭旦)」と呼ばれてしまっていることも気になります。バタンとはバタンインコのバタンに由来するようですが、ほんとインコとオウムの命名についてはカオスです。。。

行ったり来たりしているうちに、何を調べているのか分からなくなってしまいましたが、ヨウムの名前の由来については、江戸時代後期以降で、オランダ船に乗って初めて渡来したという経緯と洋服・洋裁・洋傘・洋楽など西洋由来を表す「洋」が付いた言葉が色々生まれる中で、

西洋+鸚鵡=洋鵡(ヨウム)

として生まれた名前なのではないかと思います。

渡来した経緯によっては、

  • ハイハクインコ(灰白鸚哥)
  • アフリカングレイパロット(非州灰色鸚哥)

となっていた可能性もありますが、ヨウムはヨウムで良かったと思います。分類上はインコの仲間になる訳ですが、ヨウムは「ヨウム(洋鵡)」が一番しっくり来ますから。

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